「叶えたい」を読み替える

「叶えたい」を読み替える

これは絶対に外せない!と思っていたはずの「叶えたい」が、
敷地や予算、法律等々の制限でどうしても実現できない・・・ということは
残念ながらよくある話。

そんな時は、
そもそも「叶えたい」ことって何だっけ?と、
思っていた条件を分解して書き出してみてください。
そして、
それらを少しだけ視点を変えてそれらを見直してみてると・・・
それまで全然揃わなかったルービックキューブがぴったり揃うように
パッと新しい世界が開ける事があります。

N社オフィスリノベーション の場合

最初にいただいたイメージ ある建材メーカーさんの応接室をリノベーションしました。
最初、社長さんにいただいたイメージは下の写真。

先方のイメージ
応対するお客様は海外からの方が多く、
「現状が暗くてせまい感じなので、
明るくて開放的な、海外っぽいイメージの部屋にしたいと思っている」。

という事でした。



ところが現地を調査してみると・・・ リノベーションは、現況の柱や梁、壁等の位置や高さの調査から始めます。
新築でいう敷地みたいなものです。
新築でいう敷地みたいなもの 新築でいう敷地みたいなもの 新築でいう敷地みたいなもの
理想を叶えるには狭くて、低い イメージ写真の方は正確には寸法が分からないものの、
床面積は現況の空間の1.5倍くらい。
天井の高さも現況が2.6mなのに対して、3.6~4mくらいありそうです。
窓も、イメージの方は右側が全面窓なのに対して、
現状は小さな窓が1つだけ。しかも窓のすぐ外には隣家が迫っています。

リノベーションでは躯体を壊すことはできないので、
決められた大きさの中でできる事を考えなくてはなりませんが、
それにしても、いただいたイメージを実現するには、
部屋の広さも、天井高も、窓の大きさも足りそうもありません。
「写真のような空間がほしい」を叶えることは難しそうです・・・

「叶えたい」を解剖してみる
イメージ写真そのものを作ることは不可能ですが、

なぜあの画像を選ばれたのか

が分かれば、解決の糸口になるかもしれません。
そこで、
社長さんに、あのイメージ写真を選んだ理由をもう少しお伺いして、
「叶えたい」の中身を分解して、具体的にしてみようと試みました。

話がそれますが、空間の課題とは別にもう1つ、
建材メーカーの応接室なのに
「自社の建材は使わずに設計してほしい」というご要望もいただいていて
不思議に思ってたので、それも併せて聞いてみたところ、
こんなお話を伺う事ができました。

・パッと見の印象で広くて開放的な空間が良いと思った。
・鮮やかで明るい感じが好きなので、大開口や差し色のある床や壁があると嬉しい。
・現状の狭くて暗い感じが嫌で、イメージを変えたいと思っている。
・海外からのお客様が多いので、海外っぽい雰囲気の方が彼らに馴染みが良いと思った。
・隣の執務室からも利用しやすいようにしたいので、連続性のある開放的な雰囲気が良い。 ・でも実は機密事項が伝わらないように隣室とは遮断しなければいけない時も多い。
・室名は「応接室」となっているが、社員が集まれる部屋にもしたい。(6人くらい入れると良い)
・お客様は建材を売る相手ではなく、売り込みに来る方々なので、自社の建材は使わなくて良い。




皆さんなら、どんな空間を提案するでしょうか?



要望と現状の整理 まず、いただいた最初のイメージと現況の空間のギャップを整理します。


空間のギャップを整理
こうしてみると、直感的に良いと思ったことには、きちんとそう思った理由がある事が分かります。

そして図を眺めていて、ふと

海外の方が多いなら、逆に日本的にするのもありだよな。例えば茶室とか。

と思った時、
うまく発想をかえれば、
いただいた条件をすべてクリアできることに気づいたのでした。

広くて開放的 ⇒ 狭くても気にならない そう思って条件を見返してみると、
例えば「広くしたい」は「狭くても気にならない」へと
読み替えることができます。

茶室 そしてそれは、
どれも「茶室」の持つ空間の特徴によく一致しているので、

オフィスの茶室をつくる

という考え方で設計をまとめることにしました。


オフィスの茶室 オフィスの茶室
茶室は、武士や商人にとって
もてなしの場であると同時に、
重要な議題を腹を割って話しあう空間でもありました。
小さくて濃密な世界観が求められ、
華美な装飾よりも素材感とプロポーションが重要です。

そんな茶室の考え方は、
現代のオフィスにおける応接空間にも応用ができるだろう、と考えました。



応接室+会議室+談話室=現代の茶室 応接室+会議室+談話室=現代の茶室
完成した応接室は、こんな感じになりました。

漆喰の壁を基調として、
中央には巾2.4mのテーブルを設置。
開口部まわりには床の間に見立てたソファスペーを設け、
社員の方や社長さんのくつろぎのスペースにもなるようにしました。
床はどこか畳を思わせる、サイザルのフロアタイルです。

テーブルを設置 テーブルを設置
執務空間との境は、あえて雪見窓(地面付近だけが見える窓)にして、
床で2室の連続性を保ちつつ、
重要な会議の場では、しっかり仕切る事ができるようにしました。

棚を設置
入り口側には収納と、建材の見本を置くことができる棚を設置。
照明は、色が正確に出る高演色性のダウンライトを使用しています。

椅子はコクヨ
椅子はコクヨのCOODEという製品で、
背と座、クッションが別々の色にできるユニークな製品です。
差し色が欲しい、というご要望に家具で答えることにしました。

「叶えたい」はかなう


最初のイメージとは違っても、「叶えたい」はかなう お話をいただいてから完成までが2か月のスピードプロジェクトでしたが、
居心地よくて落ち着くから、来客がなくても
良くここに居るよ。
と喜んでいただいています。

最初にイメージとしていただいた
広く明るく開放的な空間ではありませんが、
会議に、ランチタイムに、積極的に使っていただける場所になりました。


***

このように、「叶えたい」を解剖し
条件を組み替えたり視点を変えて眺めてみることは、
矛盾した要望を解決したい時はもちろん、
直感的に思ったことを理論に置き換える際にも役に立ちます。

また、これを応用して
アイディアに詰まった時など、一旦それまでの事をすべて忘れて直感で判断し、
一息置いてから、それをまた理論に直す。という方法も
設計やデザインをする上では有効だったりします。

その他の写真はこちらからご覧ください